パソコン教室で人生の証人に|桑名で15年、70代夫婦の物語

70代の、あるご夫婦のお話をさせてください。
おふたりは、もう5年以上、いっしょに通ってくださっています。最初は、映像を見て学ぶタイプの教室から移ってこられました。「画面の中の先生には、質問できなかったから」と、笑っておられたのを覚えています。
うちでは、週に1回、2時間だけ。焦らず、おしゃべりしながら、ゆっくり、ゆっくり。それでも積み重ねというのは、すごいものです。
奥さまは今、Excelでご自分の家計簿を作り、毎日欠かさずつけておられます。年に数回の兄弟会の旅行では、撮った写真を整理して、動画編集ソフトで1本の作品に仕上げ、YouTubeに限定公開。ごいっしょされた親戚の方々へ、LINEでそっと送られるのです。
私もお手伝いはします。でも、ほとんどはご自分で、最後まで。「先生、ここはこうでいいのよね?」と確認しながら、ちゃんと完成させてしまわれる。
そして昨年のこと。ご主人のお母さま——奥さまにとっての、お姑さまが亡くなられました。
奥さまは、長い年月のあいだに撮りためた写真と動画を、すべて集めました。そして、1本の追悼の動画に。ともに暮らしてきた日々への想いを、一つひとつの場面に込めて。
その動画は、告別式で流れたそうです。
会場は、参列された方々の涙でいっぱいになったと、後から聞きました。
——パソコンの操作を覚える。最初はただ、それだけのことだったかもしれません。でもその技術が、いつしか、大切な人を見送る「言葉にならない想い」を形にする手段になっていた。
私は、これを「すごい」のひとことで片づけたくありません。続けてこられたからこそ、たどり着いた場所だと思うのです。
パソコンが使えると、世界が少しだけ広がります。お買い物も、役所の手続きも、遠くの友だちとの顔を見ながらのおしゃべりも。そして今は、AIという頼もしい相棒もいます。
でも、いちばん大切なのは——技術の先に、その人の暮らしや、想いがあること。むずかしいことを、やさしい言葉に変えてお渡しする。それが、私たちの15年の仕事です。
【まとめ】
「もう遅い」は、ただの思い込みです。あなたが一歩を踏み出すのに、遅すぎる朝なんて、一度もありません。
今日、この記事を最後まで読んでくださった——その時点で、あなたの「今から」は、もう静かに始まっています。
桑名で、お待ちしていますね。
急がなくて、大丈夫ですから。


